アクチン、微小管、ラミンに代表される細胞骨格は、繊維状のタンパク質重合体であり、集合・離散を繰り返しながら細胞の中でさまざまな働きをしています。例えば細胞が分裂して2つの娘細胞を作るときには、紡錘体と呼ばれる双極状の構造体が微小管を骨格として瞬く間に組み立てられ、複製された染色体を左右に正確に分配します。間期になると、ゲノムを内包する核の中にはラミンが大量に充填され、核膜直下で網目を形成して核のインテグリティを維持したり、クロマチンと相互作用して遺伝子発現動態を制御したりしています。核内に存在するアクチンの機能も次第に明らかにされ、細胞骨格が持つゲノムの安定維持や動態制御への役割はますますエキサイティングな様相を見せています。私たちの研究室では、特に受精前後の卵の中で起こる細胞骨格の解析を中心に据え、染色体の輸送や分配、核の物性、転写活性などへの寄与を明らかにしています。
1)紡錘体の自己組織化メカニズム
紡錘体は、微小管を基礎とした染色体の分配装置です。この装置は、分裂期の細胞内に数時間という短い間に組み上げられ、複製された染色体を捕捉して正確に娘細胞に分配します。紡錘体に生じる欠陥は、体細胞ではがんなどの疾患、胚細胞では不妊や発育障害と関連する重要な形質で、メカニズムの解明は生命科学の中心的課題の一つとなっています。紡錘体が細胞内で安定して機能するためには、その骨格である微小管が、分子モーター(キネシン・ダイニン等)やその他多くの制御因子(MAPs)と協調的に働くことが必須です。過去数十年の研究で、紡錘体を構成する多くのタンパク質「部品」の同定とそれぞれの分子構造や生化学的性質が明らかになりました。しかしながら、これらの「部品」がどのようにして細胞内で集合し、協調して働きながら大きな紡錘体「装置」を作り上げているのかはほとんど分かっていません。また、紡錘体はどのようにして異なる細胞のサイズにぴったりフィットした大きさで作られるのか、出来上がった紡錘体がどのように力を発生して染色体を正確に分配するか、分配はどのようなときに失敗してしまうのか、といった本質的問題も未解明です。
私たちの研究室は、ガラスを微細加工して作ったマイクロニードル(直径~1 µm; 髪の毛の1/100ほどの細さ)を使って紡錘体を直接触ることができる技術を持っています。この技術を使って、紡錘体が持つ特殊な力学特性と、その分子起源を明らかにしてきました。最近では、この測定技術を一分子イメージングと組み合わせて紡錘体微小管の動きを一本一本可視化し、紡錘体のサイズ変化に伴う微小管の運動調節の様子を捉えることに成功しました。また機械学習を使って紡錘体の成長に伴うかたちの変化を詳細に追跡し、双極構造を安定に作るための組み上げルールも見つけました。これらの結果に基づいて、私たちは、従来考えられてきた教科書的なモデルとは異なる新たな紡錘体の自己組織化モデルを提唱しています。その他にも、アフリカツメガエルの卵抽出液と精製タンパク質を使って微小管制御因子の新しい機能を解析したり、卵抽出液の活性を維持した新たな凍結保存法を開発したりすることで、紡錘体が持つサイズ調節の柔軟性と染色体分配機能のロバストネスのしくみに迫っています。 1) Fukuyama T, et al., Proc Natl Acad Sci USA, 119 (44):e2209053119 (2022) 2) Takagi J, Sakamoto R, Shiratsuchi G, Maeda YT, Shimamoto Y. Dev Cell 49: 267-278 (2019) 3) Takagi J, Shimamoto Y. Mol Biol Cell 28:2170-2177 (2017) 4) Chang CC, Huang TL, Shimamoto Y, Tsai SY, Hsia KC. J Cell Biol 216(11): 3453-3462 (2017) 5) Shimamoto Y, Kapoor TM. Nat Protoc 7: 959-969 (2012) 6) Shimamoto Y, Maeda YT, Ishiwata S, Libchaber AJ, Kapoor TM. Cell 14:1062-74 (2011) |
2)細胞骨格動態のin vitro再構成
紡錘体をはじめとする細胞内の構造体は、いくつもの分子が弱く動的に相互作用することで自己組織的に出来上がります。この建築には、鋳型も設計図も必要ありません。細胞サイズの構造体を、その千分の一程の小さな分子が鋳型も設計図もなしにどのように正確な形と大きさに組み上げることができるのでしょうか?この疑問に答えるために、私たちは、紡錘体の骨格である微小管とその結合タンパク質を精製し、それらを「レゴブロック」として細胞の外で自在に混合することでどのような構造や機能が生まれるかを調べています。最近では、分子が溶液中を自由拡散できる観察チャンバーと一分子イメージング技術、ナノニュートン(10-9 N)オーダーの力の計測が可能な光ピンセットを組み合わせ、キネシン5と呼ばれる四量体分子モーターが2本の微小管を架橋しながら高次の構造を作り上げるための協同的な力発生の性質を明らかにしました。特に、この分子モーターは平行・反平行に重なり合う微小管束を同程度の強さで架橋できること、しかしながら反平行の微小管束においてのみ分子数に比例した加算的な力を発生して微小管を押し出すことなどがわかりました。現在は、この四量体キネシンの頭部同士にどのような協調性が存在するのか、微小管を組み上げる力が他の架橋因子や制御因子が参加したときにどのように変化するのかなどに着目して研究を進めています。最終的には、限られた分子要素を使って紡錘体をゼロから作り上げることで「紡錘体レゴの組み立て図」を書き上げることを目標にしています。
1) Sasaki T, et al., Nat Commun. 14: 6987 (2023) 2) Shimamoto Y, Forth S, Kapoor TM. Dev Cell 34:669-81 (2015) 3) Forth S, Hsia KC, Shimamoto Y, Kapoor TM. Cell 157:420-32 (2014) 日本語解説はこちら↓ http://first.lifesciencedb.jp/archives/11720 |
3)初期胚核の物理的リモデリング機構
核は、ゲノムDNAを格納し遺伝情報の複製や転写の場となる重要なオルガネラです。直径数ミクロンのこの構造体は、細胞が組織の間を移動したり、自らが生み出す浸透圧変化などに応じて大きな力のストレスにさらされます。核に作用する力のストレスは、核膜の構造からクロマチンの動態に至るまで、さまざまな階層で核の動態に影響を及ぼすと考えられています。私たちは、ガラスニードルやナノキャピラリーを使った独自の微細力学操作技術と生化学・細胞生物学の分子操作の方法を組み合わせ、ラミンやクロマチンなど核の主要成分に生じる遺伝的・生化学的変化が核の硬さや可塑性に与える影響を調べています。また、核に作用する力や核の物性変化が内部のクロマチン動態や転写活性を変調するしくみについても調べています。最近では、マウス初期胚のライブイメージング顕微鏡を立ち上げ、核のかたちが発生の進行に伴って大きく変化する様子、胚性遺伝子の転写バーストが起こる重要な時期に核が一過的に軟らかくなる様子なども捉えられています。この核の軟化がオートファジー(細胞の自食作用)によって胚の中で自発的に起こっていることも分かり、核の物理特性の変化と胚発生のメカニズムをつなぐ新しい研究が始まっています。
1) Yamamoto-Hino M, et al., J Cell Biol 223 (2): e202301062 (2024)
2) Tanaka M, et al., bioRxiv 2023.02.20.529332 (2023)
3) Shimamoto Y, Tamura S, Masumoto H, Maeshima K. Mol Biol Cell 28(11):1580-1589 (2017)
日本語解説はこちら↓
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/58/1/58_024/_pdf
2) Tanaka M, et al., bioRxiv 2023.02.20.529332 (2023)
3) Shimamoto Y, Tamura S, Masumoto H, Maeshima K. Mol Biol Cell 28(11):1580-1589 (2017)
日本語解説はこちら↓
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/58/1/58_024/_pdf