細胞が自己複製し増殖するためには、分裂時における娘細胞への遺伝情報の正確な継承が必須です。分裂期の細胞はさまざまな機械力を使ってこの仕事を達成していますが、その力の制御が破綻すると細胞の生死に関わる重大な欠陥が生じます。私たちの研究室では、光ピンセットやガラスマイクロニードルといった生物物理学の力計測ツール、全反射・共焦点顕微鏡法による高解像度の蛍光イメージング、アフリカツメガエル卵抽出液や精製タンパク質を使った生化学アッセイを駆使して、染色体の均等分配を司る紡錘体装置の力発生と機械応答のメカニズムを研究しています。また、遺伝情報の保持と発現制御を司る細胞核の物理特性と力学情報変換のしくみについても研究しています。これら細胞内構造の力学応答能と背後の分子メカニズムを調べることによって、生体システムが力を発生・享受しながらいかに機能しているかを明らかにしています。以下に、私たちの研究室で現在進められているプロジェクトのいくつかを紹介します。
1)染色体分配のメカニズム 細胞分裂の成功は、紡錘体と呼ばれる染色体分配装置の適切な集合と機能に依存しています。微小管細胞骨格を基礎として形成されるこの構造体は、複製された染色体を2つの娘細胞に分離するために十分な力を発生しながら、分裂期に生じるさまざまな機械的摂動に対して高い安定性を発揮します。 長年の研究により、紡錘体の構造・分子・生化学的性質については非常に多くの知見が蓄積されてきました。一方で、紡錘体の物理的・機械的な応答特性についてはほとんどわかっていません。その原因の一つは、紡錘体が細胞内に形成されるため物理的なアクセスが難しいことにあります。私たちの研究室では、アフリカツメガエルの卵から精製される細胞質抽出液と直径1ミクロン程のガラス製マイクロニードルを使って、cell-freeで形成された紡錘体を直接力学操作し、その構造と染色体分配プロセスへの影響を調べています。上の写真は、抽出液内で形成した紡錘体(赤)の左右の極にそれぞれ一本のマイクロニードルを挿入し、染色体(緑)が分離する方向に力を与えたときの紡錘体の構造安定性と染色体の動態を調べている様子を撮影したものです。
1) Takagi J, Itabashi T, Suzuki K, Shimamoto Y, Kapoor TM, Ishiwata S. Biophys J, 106:735-40 (2014) 2) Takagi J, Itabashi T, Suzuki K, Kapoor TM, Shimamoto Y, Ishiwata S. Cell Rep, 5:44-50 (2013) 3) Shimamoto Y, Kapoor TM. Nat Protoc, 7: 959-969 (2012) 4) Shimamoto Y, Maeda YT, Ishiwata S, Libchaber AJ, Kapoor TM. Cell, 14:1062-74 (2011) 日本語解説はこちら↓ http://first.lifesciencedb.jp/archives/3146 |
2)紡錘体のin vitro再構成 紡錘体は、正確な染色体分配を達成するためにいくつもの機能的構造を持った優れた細胞装置ですが、集合体としての機能が分子のいかなる組み合わせと相互作用から生じるかは明らかでありません。紡錘体の設計図を知ることができれば、染色体分配の複雑なプロセスを自在に制御できる可能性があります。そこで私たちは、紡錘体の骨格を形成する微小管とその結合タンパク質を用いて、in vitroでそれらを混合したときにどのような構造や機能が生じるかを調べています。実験は、タンパク質が自由に拡散できるチャンバーと力計測用の光ピンセットを用いて、微小管と結合因子の親和性や運動動態を一分子レベルで観察しています。上の写真は、蛍光ラベルされた微小管(赤)と有糸分裂に必須のキネシン5モータータンパク質(緑)を全反射顕微鏡で同時観察している様子です。 写真中央の縦に走っている微小管は光ピンセットによって捕捉されており、それと交差する微小管をキネシン5が架橋して高次構造を作り上げるときの力を計測しています。
1) Shimamoto Y, Forth S, Kapoor TM. Dev Cell, 34:669-81 (2015) 2) Forth S, Hsia KC, Shimamoto Y, Kapoor TM. Cell, 157:420-32 (2014) 日本語解説はこちら↓ http://first.lifesciencedb.jp/archives/11720 |
3)細胞核の力学応答メカニズム 核は、DNAを格納し遺伝情報の複製や転写制御を司る重要なオルガネラです。直径数ミクロンのこの構造体は、細胞の遊走・収縮・接着に際して非常に大きな力の摂動にさらされます。核に生じる変形は、精密に設計された内部構造からゲノムDNAの動態に至るまでさまざまな階層で影響を及ぼし、がんや細胞死につながる重要な形質と考えられています。私たちは、ガラスマイクロニードルを使った微小力学操作と生化学・細胞生物学の分子操作の方法を組み合わせて、ラミンやクロマチンなど核の主要成分に生じる遺伝的・生化学的変化が核の硬さや弾性的性質にいかなる影響を与えるかを調べています。またそれとは逆に、核に作用する力が内部のクロマチン動態や転写活性を変調するしくみについても調べています。上の写真は、ヒト培養細胞から単離した核を2本のガラスマイクロニードルを使って伸長し、その変形量を計測している様子です。この他にも、生きた細胞内における核のマイクロマニピュレーション実験も行っています。
1) Shimamoto Y, Tamura S, Masumoto H, Maeshima K. (in revision) |